調布東山病院で毎週月曜日の午前に
血管外科外来を担当していただいている
佐藤紀医師が、今回も鑑賞した映画に
関する文章を寄せてくださいました。

時は1960年代、米国は
ベトナム戦争を戦っていました。
多くの若者がベトナムに送り込まれ、
多くの米国人、そして遙かに多くの
ベトナム人が殺されて行きました。

当時の国防長官マクナマラは戦況を分析し、
この戦いには勝利することができないと
知っていたのですが、自国のメンツを
保つためにこの分析結果を隠し、
戦力、すなわち更に多くの若者を
戦場に送っていたのです。

米国の戦略研究所のRAND corporationに
勤めるエルズバーグは、義憤に駆られて
このtop secretとされた分析書類を持ち出し、
New York Timesに提供します。

1971年、Timesはトルーマン、
アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンの
歴代大統領が、すでに1965年には
負け戦だと分かっていたことを隠し、
無駄に若者を戦場に送っていたことを
暴露します。

このときの大統領ニクソンは、Timesを
機密保持法違反で厳罰に処すように
指示を出しました。

この頃、いまは有名なWashington Postは
家族経営の一地方新聞で、株式上場を図って
いました。
ケイ(メリル・ストリープ)は夫の死により
社主に就任したのですが、経験がなく、
全く社員に信頼されていませんでした。
おまけにまた彼女はマクナマラとも
以前から親しい関係にありました。

一方、編集長のベン(トム・ハンクス)は
Postを全国紙にしたく、機密文書の入手に努力し、
ついにペンタゴンペーパーを手に入れます。

ベンは4000頁に及ぶ機密書類の
公表を図るのですが、新聞に載せれば
機密保持法違反で逮捕され、
上場も夢と消える恐れがあり、
会社の存続も危うくなります。

会社の存続か、新聞人の使命か。
緊迫の時が流れます。
そこでケイが決断を求められます。

彼女は、訥々と、しかしはっきりと
この記事を掲載するように指示を出します。

裁判所のシーン。

裁判所から出てきたケイの周りを
大勢の女性が取り囲みます。
声には出しませんが、彼女らの夫や恋人、
兄弟はベトナムに送られているのです。

そしてついに最高裁の判決が出ます。
最高裁判事の一人、ブラック判事は
こう述べました。

「報道機関は国民に仕えるものであり、
 政府や政治家に仕えるものではない」

「制限を受けない自由な報道のみが、
 政府の偽りを効果的に暴くことができる」

この事件をきっかけにPostは
米国を代表する全国紙となりました。

Times、Post勝訴判決の根拠となった
合衆国憲法修正第一条は、次のように
述べています。

「連邦議会は、国教を樹立し、若しくは
 信教上の自由な行為を禁止する法律を
 制定してはならない。また、言論若しくは
 出版の自由、又は人民が平穏に集会し、
 また苦痛の救済を求めるため政府に請願する
 権利を侵す法律を制定してはならない。」

(ちなみに合衆国憲法は7条しかないのですが、
 修正は27条もあります。なお武器の保有の
 権利を定めた悪名高い条文は修正2条です。)

激怒したニクソンはPostの記者を
ホワイトハウスに入れては行けないと
指示を出します。
どこかの国でも似たようなことがありましたね。

映画はニクソンの命を受けた者たちが
ウォーターゲートビルで警備員に発見される
シーンで終わります。

1973年にニクソンは辞職に追い込まれました。

スピルバーグ監督は、この作品を
1年という短期間で作り上げました。
彼を駆り立てたのは、もちろん、
批判的なマスコミをfake newsだと
攻撃してやまないトランプ大統領の登場で
あったことは論を待ちません。

権力者にこびを売り、その意向を忖度し、
改竄、偽証まで行う、我が国の官僚や、
意に沿わない新聞社を執拗に攻撃する首相など、
涙が出るくらい悲しくなります。