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病院ブログ ブログのカテゴリ: 11.診療部

新入職医師紹介④ 長瀬将医師(内科)

2018年4月16日

新入職医師の自己紹介、4人目は
内科の長瀬将医師です。

皆さんこんにちは。
この度武蔵野赤十字病院の内科専攻医として
調布東山病院で半年間研修させていただく
ことになりました長瀬将と申します。

京都生まれ、長野育ちで、高校から東京に移り、
大学は新潟とこれまで各地を転々として
まいりました。

大学卒業後は千葉県銚子市に隣接した
旭市にある旭中央病院という急性期病院で
2年間の初期研修を行い、3年目から内科の
後期研修医として武蔵野赤十字病院に
勤務しております。

趣味はスポーツ観戦ですが、特にサッカーは
大好きで、昨年は味の素スタジアムで
大久保選手のユニフォームを着ながら
FC東京の試合を観戦しました。

今年はワールドカップがあるので
今からとても楽しみにしています。

医師としては4年目で、今後は
循環器内科を専攻する予定ですが、
たとえ専門診療科に進んだとしても、
一内科医として患者様を全人的に診療できる
医師でありたいと常日頃考えております。

予防医学から急性期及び慢性期の診療、
ひいては在宅医療までを一手に担う
調布東山病院で、内科医としての礎を築く
この上ない機会に恵まれましたことを光栄に感じ、
医療に携わる全職種の方々とチーム一丸となって
地域の方々の健康増進に寄与できるよう
精一杯診療に当たらせていただきたいと思います。

短い間ですが宜しくお願い致します。

新入職医師紹介③ 中谷行宏医師(消化器内科)

2018年4月14日

新入職医師の自己紹介、3人目は
消化器内科の中谷行宏医師です。

中谷行宏医師

はじめまして。4月1日より
調布東山病院の一員となりました
消化器内科の中谷行宏と申します。

和歌山県出身で、平成21年に
地元の和歌山県立医科大学を卒業後、
同病院で2年間の初期研修を行いました。
その後、広く急性期疾患を学ぶため、
東京都内の救急病院にて急性腹症、
消化管出血、急性胆嚢炎、胆管炎など
多数の消化器疾患を含む救急診療に
従事しました。

ここ3年はさらなる内視鏡治療技術の
向上を目指し、がん専門病院で主に
早期癌に対する内視鏡治療(ESD)について
修練を重ねました。
また、消化器がんに関する化学療法、
病理診断等の総合的な知識、技術を
向上させることができました。

私の専門は早期癌に対する内視鏡治療ですが、
元々はおなかが痛いなど、誰もが一度は
経験したことがあるような症状の原因を探り、
治療ができる医師になりたいと思い、
消化器内科医を志しました。

消化器系の疾患が疑われましたら、
どんなことでもお気軽にお声がけを
いただければ幸いです。

これから自分の専門性を生かして、
地域の皆様に貢献できれば幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

新入職医師紹介② 佐久間裕子医師(内科・リウマチ科)

2018年4月12日

新入職医師の自己紹介、2人目は
同じく内科の佐久間裕子医師です。

佐久間裕子医師

内科、リウマチ科の佐久間裕子と申します。
北里大学卒、北里大学病院で初期研修、
川崎市立川崎病院で後期研修を経て、
北里大学病院の膠原病感染内科で
リウマチ性疾患を学んできました。
近年は同大学院で、全身性エリテマトーデスの
中枢神経病変についての研究に携わってきました。
4月から調布東山病院で勤務させていただくことに
なりました。どうぞよろしくお願いいたします。

私は生まれも育ちも調布仙川、そして、現在も
仙川在住です。
調布は私を育ててくれた大好きな街です。
この度、その調布で勤務させていただく
こととなり、大変嬉しく思っています。

さらに、調布東山病院とは生まれ年も同じであり、
同じ時に同じ街に生まれたこの病院で働けることに
嬉しいご縁を感じるばかりです。

ここ数十年で大きく革新してきた調布の街と
調布東山病院、これから先もますます発展して
いくことと思います。
微力ではありますが、調布東山病院の一員として
その発展に少しでもお役に立てるよう、
努力してまいりたいと思います。

一方、現在1歳半の双子の男の子の
子育て真っ最中でもあります。
予想外の彼らの行動に、悲鳴をあげたり、
大笑いしたり、なんだか感動してみたり、と
てんやわんやの毎日です。
(大抵が悲鳴ですが・・・)
彼らがくれるパワーを生かし、いつも笑顔で明るく、
地域の方々の生活に寄り添えるような診療に
努めてまいりたいと思います。

みなさまと一緒にこどもからお年寄りまで、
安心して人生を歩んでいける街調布を
目指していけたら大変うれしく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

新入職医師紹介① 遠藤順治医師(呼吸器内科・アレルギー内科)

2018年4月11日

この春、東山会には新たに4名の医師が
入職しました。

それぞれから自己紹介をさせていただきます。
最初は内科の遠藤順治医師です。

遠藤順治医師

みなさん、初めまして。
2018年4月、横浜市立みなと赤十字病院から
調布東山病院内科に入職しました遠藤順治です。
4人兄弟の2人目で、横浜育ちです。
平成4年、東京医科歯科大学を卒業後、
大学病院や関連病院などで勤務しました。

専門分野は、呼吸器内科とアレルギー内科です。
みなと赤十字病院ではアレルギー内科専任で、
成人の気管支喘息、慢性咳嗽、アナフィラキシー
(食物アレルギー、薬物アレルギー)などを
中心に診療しました。

卒後10年頃、都内の中規模病院で約8年、
須永先生とご一緒に内科医として働く機会に
恵まれました。
私がその病院を異動した後も須永先生には
何かあるたびに食事にお誘いいただき、
お付き合いさせていただきました。

今回、色々なご縁で、東山病院に異動することに
なりました。
「人との出会い」に恵まれていることを実感し、
本当に感謝しています。

趣味は写真と音楽鑑賞です。
小学生頃から何にでも興味はありましたが、
お金がありません。
父のフィルムカメラを触りいつかは自分も
欲しいと思い、大学2年生頃やっと買うことが
できました。
音楽は父も好きで、私が小学生の時、
ラジカセを買ってくれて当時流行っていた
「エア・チェック」に熱中していました。

最近はなかなか趣味に費やす時間がなく、
運動会で子供の写真を撮る程度です。

子供が風邪をひいたり、怪我をした時に、
自宅近くに医療機関があると本当に助かります。

調布東山病院は、地域に良質な医療を提供し、
安心して暮らしていけることを大切にしている
病院であることを伺い、とても共感しました。

今後、少しでもお役に立てるよう精進して
いきたいと思います。よろしくお願いいたします。

映画「空海」

2018年3月13日

調布東山病院で毎週月曜日の午前に
血管外科外来を担当していただいている
佐藤紀医師が、今回も鑑賞した映画に
関する文章を寄せてくださいました。

「面白いって映画評に書いてあったよ」
というだけの情報で何の予備知識もなく、
時間があったからという理由で
予告編が始まってから飛び込みで
映画館に行きました。

弘法大師の修行の話かと思っていたら
とんでもない、夢枕獏の
「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」
を原作としたファンタジーでした。

東宝×KADOKAWA

唐の時代、少なくとも治世前半は
名君とたたえられた玄宗皇帝は、
絶世の美人楊貴妃にうつつを抜かし、
政務をおろそかとします。

 芙蓉の帳暖かにして 春宵を度る
 春宵短きに苦しみ 日高くして起く
 此れ従り君王 早朝せず
 (長恨歌)

まあつまり、楊貴妃とベッドに居っぱなし
というわけですね。

そこで756年に安禄山が反乱を起こす。
(安史の乱)
楊貴妃が乱の原因となったとの
部下達の抗議に耐えかねて、
玄宗皇帝はついに楊貴妃に死を給う。

 翠華揺揺として 行きて復た止まる
 西のかた都門を出ずること 百余里
 六軍発せず 奈何ともする無く
 宛転たる蛾眉(=緩やかにカーブした眉、
 つまり美人) 馬前に死す
 花鈿(=簪)地に委して 人の収むる無し
 翠翹金雀 玉搔頭
 君王面を掩ひて 救ひ得ず
 迴り看て血涙 相和して流る

血の涙を流し、悲しんだと言うこと。
白居易は見てもいないのに
臨場感きわまる表現です。

この後玄宗皇帝は長安に戻ることは
できたのですが、以後は廃人のような
暮らしを送ったとのことです。

さて、話はこの安史の乱から約50年後
(映画では30年と言うことになっていますが)
に入唐した空海が、同時代人の白居易
(白楽天、長恨歌の作者。安史の乱の
 後の生まれ)
とともに、楊貴妃の死に秘められた謎を解く
というフィクションとなっています。

話には妖怪猫や妖術師など出てきますが、
ちょっとやりすぎかなと思われるほどです。
なお妖猫は完全CGだそうです。

 温泉水滑らかにして 凝脂を洗ふ
 侍児扶け起こすに 嬌として力無し

“絶世の美女”とされる楊貴妃ですが、
色白でかなりふくよかな女性で
纏足(てんそく)をしており、
元気に動くようなタイプでは
なかったようです。

しかし映画で楊貴妃を演じるのは
台湾の女優 張榕容(チャン・ロンロン)。
現代的な美人。

フランス人と台湾人のハーフだそうで、
滝川クリステルみたいな感じですかね。

角川-東宝、日中合作映画で、
空海には染谷将太、
阿倍仲麻呂には阿部寛、
松坂慶子なども出演しています。

VFX好きな方はどうぞ。
それなりに楽しめます。

大熊るり医師 市民向け講演

2018年3月12日

『知って安心!「脳卒中後のリハビリについて」
 ~ 家族、介護者の立場で
   知っておきたい知識や情報 ~』

調布東山病院リハビリテーション室長の
大熊るり医師が、3月8日(木)に開催された
調布介護者支援ネットワーク主催の講演会、
「第17回つなげよう介護の声」にて
講演いたしました。

リハビリテーション室長 大熊るり医師

雨にも関わらず、多くの方に
ご参加いただきました。

下記の内容を、わかりやすくお話し
しました。

1.脳卒中はどんな病気?
2.脳卒中の症状
3.脳卒中の治療、再発予防
4.リハビリテーションとは
5.脳卒中のリハビリテーションの流れ
  急性期~回復期~生活期

特に、
1)左右どちらか片側で、手・足の感覚の異常
2)言語の異常
3)バランスの異常
等の脳卒中の症状があらわれたら、
一刻をあらそうので救急車を呼んででも
病院にいきましょう、との話には
皆さん大きくうなずかれていました。

講演後には活発な質疑応答が行われ、
盛況のうちに幕を閉じました。

主催者の「調布介護者支援ネットワーク」は、
調布市内で介護者を支える活動をしている
6人が運営されている市民団体です。

7年前から市民対象の講演会を開催されていて、
今回が17回目ということでした。

会場設営から講演会進行、原状回復まで、
皆さんが協力しあいながら、あうんの呼吸で
会が運営されていました。

志の高さとチームワークを兼ね備えた
素晴らしい方々でした。

世界糖尿病デー関連イベント報告③内視鏡検査体験

2017年11月29日

今回は医療職体験、内視鏡検査の
ご紹介です。

ここでは検査用の“防護着”を
着用します。

黄色いのが防護着。

またいろいろな道具も用意しました。

医師が持っているのが内視鏡。
その前にあるのは人体模型です。

横のカラフルなのはビー玉と
スーパーボール。


これはちょっとわかりにくいですが、
先端にネットのようなものがあります。

これを使い、箱の中から内視鏡で
ボールを取ってもらおうと考えて
いたのですが、試してみると
ちょっと難しくて断念。

結局「BB弾」が採用となりました。

使えず・・・。

今回のイベントではオリンパスメディカル
サイエンス販売(株)様より、カメラの実物や
一部が透明な展示用モデル、人体模型等を
貸していただきました。

展示用モデル。

人体模型。中はかなりリアル。

医師の説明を聞いて、いよいよ本番。

模型の中にカメラを入れて行きます。

真剣です。

内視鏡体験はちょっと短めでしたが、
中身は濃かったと思います。

次回は看護師体験の模様です。

世界糖尿病デー関連イベント報告②医師〔外科〕体験

2017年11月28日

今回は、医療職体験の医師〔外科〕の
ご紹介です。

外科も医師の説明からですが・・・

既にここは手術室の前です。

手術室に入るには厳密なルールがあり、
スタッフでも簡単には入れません。

まずは手洗い。

一般的なものとは違いますが、
最近はTVドラマでよく見ますね。

洗った手は上げたまま。

続いて術着を着用。本物です。

かなり大きいですが、
さすがに本物に“子供用”はないので・・・。

そして、いよいよ手術室へ。

手術に使う器具に触れてみたり、

手術台を動かしてみたり、

肉(※)を器具を使って切ったり、

メスでの切開・縫合体験も
してもらいました。
(※豚肉や鶏肉を使用しました)

次回は内視鏡検査体験の模様です。

世界糖尿病デー関連イベント報告①医師〔内科〕体験

2017年11月27日

去る11月19日(日)の午後、
「世界糖尿病デー」(※11/14)にちなんだ
イベントを調布東山病院で実施しました。

当院では初めての試みでしたが、
多くの方にご参加いただき、
盛況のうちに終了することができました。
あらためて御礼を申し上げます。

今回から何回かに分けて、イベントの模様を
紹介させていただきます。

今回は、大きく分けて次の4つを実施しました。
○医療職体験
 (医師〔内科/外科〕、看護師、内視鏡体験)
○運動教室(ズンバゴールド/ヨガ)
○健康相談カフェ
○スタンプラリー

まずは医療職体験の医師〔内科〕です。

はじめにスタッフが診察の様子を
実演しました。
具合の悪い患者さま役は副院長が熱演。

よろけてます。

 
医師がレントゲン写真を壁に映しながら、
体の中について説明します。

続いて診察の実践です。

検査では体をたたくことがありますね。
試しにひざの下を器具でたたくと・・・。

他にもたたいて調べることがあります。
でもむやみにたたいているわけでは
ありません。


ということで、適切なたたき方と
音の違いを聞き分ける練習をします。

音と言えば聴診器。
人形の心音も聞いてみました。

続いて箱が登場。
早速習ったとおりにたたいてみると、
何か入っているようです。

出てきたのは白い物体。
これは何?と臓器のイラストと
合わせてみます。

どの臓器かわかったら、最後は
イラストを正しい位置に貼っていきます。

うまく収まりましたね。

ちなみに白い物体やイラストは、
医師の手作りです。

超音波検査も体験しました。

患者役のスタッフはひたすら
検査され続けてくれました。

練習キットを使う「模擬採血」にも挑戦。

「採血(=注射)されるの?」と
思った人もいたみたいですが、
そんなことはありません。

ただし練習キットといっても、
注射器は本物。
十分注意して行ってもらいました。

当初の計画よりもかなり増えたので、
紹介しきれないくらい盛りだくさんな
内容でした。

次回は医師〔外科〕をご紹介します。

「口から食べられなく」なったら、どうしますか?

2017年9月25日

前回のブログと同じタイトル、ではありません。
今回は「」がついていますね。

「老いが進み、動けなくなり、
 認知機能が落ち、飲み込みの能力が落ち、
 やがていよいよ口から食べられなく
 なったら、どうしますか?」

その問いに対する一つの答えを、
先日当院にお招きした石飛幸三先生は
「平穏死」という言葉で表されました。

前回のブログをまだご覧になっていない方は、
まずそちらをご一読いただければ幸いです。

さて、今回みなさまにお伝えしたいのは、
実は「その一つ前の段階」です。

当院は急性期病院という立場にありますが、
いよいよ「口から食べられなく」なってきた
ご高齢の患者さまが、数多く入院されます。

例えば誤嚥性肺炎で入院し、
抗菌薬の点滴で肺炎自体は改善したものの、
身体の機能や飲み込みの能力が回復せず、
口から十分な栄養を摂れる状態に戻れない。

そんな患者さまです。

この段階でご家族に求められるのが、
今後どのように栄養を与えていくか、
あるいは自然に任せていくか、
という選択になります。

胃ろうを作るか、中心静脈栄養を行うか、
普通の点滴のみを行うか、
食べられる分だけを食べて、あとは
自然に任せていくか・・・?

「胃ろう」「点滴」「自然のまま」。
言葉で言うのは簡単です。

しかし、それはご家族にとって
愛する人の命の選択であり、
そこには常に悩み、苦しみ、悶え、
涙する姿があります。

ですから「もう食べられません」という宣告は、
深刻な病名を告げる時と同様、私たちにとっても
非常に重大な告知なのです。

では「口から食べられなく」なるとは、
どういうことでしょうか?

普通の食事を普通に食べさせていたら
誤嚥性肺炎を数回発症したので、
「もう危ないから食べさせられません」
というのは「口から食べられなく」なった
と言えるでしょうか。

何とか口から食べられる方法はないかと、
本気で考えたでしょうか。

体の調子や精神の調子を整え、
再挑戦してみたでしょうか。

その方の好きな食べ物を用意してみたり
したでしょうか。

口の状態や歯の状態に気を配りは
したでしょうか。

飲み込み能力に合わせ、食べ物の形態や
調理方法を工夫してみたでしょうか。

食べる環境や食べる姿勢にも配慮は
されたでしょうか。

食事の介助方法を見直してみたでしょうか。

一生懸命考え、あらゆる手を尽くしてもなお、
どうしても「口から食べられなく」なったので
しょうか・・・?

先ほど記した「その一つ前の段階」とは、
患者さま・ご家族に「食べられなく」なった
という重大な告知を行うまでの、患者さま、
ご家族、そして私たちの仲間の戦いです。

前回のブログでご報告した通り、
9月11日に石飛幸三先生を当院にお招きして
ご講演いただいたのですが、
講演会は2本立てで、石飛先生のお話に先立ち
緩和会メンバーであり、言語聴覚士でもある
加藤あすか氏の講演がありました。

言語聴覚士は、音声機能、言語機能、
聴覚機能などに障害のある患者さまの
リハビリや指導・援助を行う職種ですが、
その業務に嚥下訓練(飲み込みの訓練)
が含まれます。

嚥下訓練が仕事ですので、
「口から食べられなく」なりつつある
患者さまを前に、常に第一線で
戦っているのが実は彼女なのです。

治療によってある程度病状が落ち着き、
いよいよ食事が可能かどうかを評価する。
その段階で彼女の戦いは始まります。

「どうやったら食べられるか」
「何か方法はないか」を常に考え、
あらゆる手を尽くす。

その中で様々な苦悩や葛藤が生じ、
翌日にまた挑戦し、時には喜び、
時には新たな悩みが生じ、その翌日に
また挑んでいく。

何とか「口から食べられなく」なったという
宣告をしないで済むように、最後まで
もがき続けるのが彼女です。

そんな毎日を送る中で、
彼女はある一人の高齢患者さまと出会います。

患者さまは101歳の女性。
超高齢ですが、それまでは何とか食事も
自分で摂れていました。
しかしある日、誤嚥性肺炎を発症して
当院に入院されます。

肺炎は抗菌薬治療で治癒し、彼女の関わりで
食事形態や姿勢、介助方法を整えたところ、
何とか食事再開も可能となり、一旦は
自宅退院ができました。

しかし退院の6日後、再び誤嚥性肺炎を発症して
再入院となってしまいます。

今度も治療によって肺炎は治りました。
そして食事の方はと言うと、前回でも既に
限界に近い飲み込み能力でしたが、
彼女たちの嚥下チームは諦めず、前回よりも
更に詳細な検討を行い、少しでも誤嚥しにくい
条件を試行錯誤して挑みます。

何とか「口から食べられなく」なったという
宣告を免れるために。

そして努力の結果、何とか再度の経口摂取に
繋げることができました。

しかし残念ながら、食事を再開して2週間後、
再び誤嚥性肺炎を発症してしまうのです。

一方で101歳の身体はその間にも、着実に
一段ずつ老衰の階段を下り続けていました。

日を重ね、肺炎を繰り返す中で、少しずつ
少しずつ、体力も食べる量も、飲み込みの力も
衰えていくのは、誰の目にも明らかでした。

一般的には「口から食べられなく」なった
と言われる状態でしょう。

彼女はそう言いませんでした。

「こうすれば、何とか少しだけ食べられます。」

その背景には、ご家族、医師、看護師、
リハビリスタッフや嚥下スタッフ、
ソーシャルワーカーなどが
何度も話し合いを重ねて導いた、
一つの答えがありました。

老いを受け入れ、
自然なまま、食べられるだけを食べ、
住み慣れた我が家で最期の日を迎えていく・・・。

「食べられない」のではなく、
食べながら最期を迎える。

そのために、彼女は退院までご家族に
指導を続けます。

そしてついに、101歳の女性は
自宅に帰ることができました。

退院してからも女性は僅かずつの食事を続け、
退院から6日後に息を引き取りました。

娘さんに添い寝をしてもらいながら、
穏やかに、安らかに。

あらためて、あなたの大切な人が
「口から食べられなく」なった時、
あなたはどうしますか?

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