皆さんはこんなことを考えたこと、ありますか?

当院の「緩和会」は毎年様々なテーマで勉強会を
行っておりますが、昨年度1年間を通して
皆で考えていたテーマが、
「口から食べられなくなったら、どうしますか?」
です。

老いが進み、動けなくなり、
認知機能が落ち、飲み込みの能力が落ち、
やがていよいよ口から食べられなくなったら・・・?

日本語には「老衰」という言葉があります。
「老いて心身の衰えること」という意味です。
穏やかに、少しずつ老化が進み、
少しずつ心身の機能が衰え、最後は眠るように・・・。
誰が見ても分かる形で、一歩ずつ、一歩ずつ、
老いが進めば、その自然の摂理に抗う人は
あまりいないかもしれません。

しかし、その過程で肺炎や心不全などの病気が
入り込むと、いくつかの段階を飛び越えて、
突然「口から食べられなく」なったように
見えてしまうこともあります。

実はそれは「突然」食べられなくなったのでは
なく、それまで一段ずつ階段を下りていた方が、
身体の大きなイベントによって数段転げ落ちて
しまったようなものです。

その間の「数段」を見ていないので、
ご家族にとってはあたかも「突然」訪れた
状態のように見えるのですが、
実はその「数段」は、遅かれ早かれ下りていく
はずであったもので、残念ながら取り戻すことが
できないことが多いのです。

病院に勤務していると、そのようなご高齢の
患者さまが数多く入院されます。

誤嚥性肺炎(誤って食べ物などが気道に落ちて
肺炎を発症すること)で入院し、
抗菌薬の点滴で肺炎自体は改善したものの、
身体の機能や飲み込みの能力が回復せず、
口から十分な栄養を摂れる状態に戻れない。

そのような患者さまをこれまで何度も
見てきました。

その時点で私たちはご家族と相談します。

「胃ろう(お腹に穴を開けて胃にチューブを通し、
 直接胃の中に栄養を送ること)にしますか?」

「中心静脈栄養(体の中心を通る太い血管に管を
 入れ、高濃度の栄養剤の点滴をすること)に
 しますか?」

「普通の点滴でわずかばかりの栄養を入れて
 いきますか?」

「食べられる分だけを食べて、あとは自然に任せて
 いきますか?」

ご家族にとっては青天の霹靂です。

「そんなことを言われても決められない」

「大事な家族だから、一分一秒でも
 長生きしてほしい」

「そんな餓死させるようなこと、
 自分にはできない」・・・。

大切な家族。
最も身近で最も愛する人に降りかかった試練。
その命に関わる決定を、自分がしなければいけない。
葛藤するのも無理はありません。

私たちは様々な方法のご説明はしますが、
最終的には患者さまのことを最も愛するご家族の
意思に従っていきます。

去る9月11日、「緩和会」は石飛幸三先生を
当院にお招きしました。
当院スタッフ及び近隣の特別養護老人ホームなどの
スタッフ、総勢約100名という大観衆の中、
石飛先生の御講演を拝聴しました。

 講演会のポスター

当ブログをご覧の方の中にも、石飛幸三先生を
ご存知の方は多くいらっしゃるかと思いますが、
石飛先生は「平穏死」という言葉を世に送り出した
著明な医師で、現在は特別養護老人ホーム
「芦花ホーム」の常勤医を務められています。

代表作
『「平穏死」のすすめ
 ~口から食べられなくなったらどうしますか~』
をはじめ、多数の著書を執筆する傍ら、
全国で数多くの講演会を開催し、
「人生の終末期をどのように迎えるべきか」
を世の中に問い続けています。

 石飛幸三先生

石飛先生は元々腕の立つ血管外科医でした。
大病院の副院長を何十年も勤め、動脈硬化と
闘いながら数多くの患者さんを救ってきました。

輝かしい経歴ですが、先生はその頃のご自身を
「部品の修理屋」と例えます。
長年使って年老いた部品を修理して、
また何年か生きられるようにする・・・。

しかしホスピスで看取りの場と出会い、ある時から
人生の最期を迎える方々に目を向け始めます。
そして医者として第二のステージとして
選ばれたのが、特別養護老人ホームでした。

そこで出会ったご高齢の方々の姿に、
先生は言葉を失いました。

認知症が進み動けなくなり、
口からものを食べられなくなり、
胃ろうを作って栄養剤を注入される。

コミュニケーションは取れず、
手足は曲がったまま固まり、
されるがままに生かされていく。

ふと目をやると、枕元には元気な頃の笑顔の写真。
とても美しく輝かしい人生を送ってきた方の、
人生最後の姿がこれで良いのか・・・?

それから石飛先生の戦いは始まります。

ホームから誤嚥性肺炎で病院に送られ、
治療後に食べられないことを宣告され、
胃ろうを勧められた患者さん。

息子さんは自然のままで
最期を迎えさせてあげたいと思いました。

「胃ろうをしなければ餓死させることになる」
とまで言われましたが、先生は息子さんの
気持ちをくみ、
「ホームで責任を持って引き取る」と言い放ち、
半ば強引に連れて帰ります。

当初はホームのスタッフも反対しました。
「そんな危ない飲み込み能力で、
 食事介助なんてできない」と。

息子さんは「それならば自分が全部やる」と
毎日3食、自ら食事介助をするようになります。
その姿をみるうちに、当初尻込みしていた
スタッフが手伝い始めます。

そしていつしか、皆が一丸となって患者さんを
介助し、食べられるだけを食べ、穏やかに、
自然な最期を迎えていきました。

それから月日がたち、芦花ホームでは
「平穏死」が当たり前になっていきます。

人工栄養は行わず、自然の摂理に任せ、
食べられなくなったら最期を迎える。

講演の最後に流されたビデオには、
スタッフ総出で奥さんとの結婚記念日を
お祝いしてもらうおじいさんの姿が
映し出されていました。

間もなく命の灯が消えることを悟ったスタッフが、
何か人生の最期にしてあげられることはないかと
相談し、企画したそうです。

おじいさんはその数日後に息を引き取った
そうですが、ビデオに映し出された皆の顔には
笑顔しかみられませんでした。

「食べさせなかったら死んじゃうじゃないですか」

食べられなくなった患者さんを前にして放たれる
そんな声に、石飛先生はこう答えます。

「食べさせないから死ぬのではない。
 死ぬから食べないのだ」

人は最期が近くなると、余分なものは受け付けず、
体の中を少しずつ整理し、いらないものを全て
捨てて、軽くなって天に昇っていくのでしょう。

今回参加した当院及び近隣施設スタッフの
皆さんは、様々な思いを胸に帰路についた
ようです。

 講演会の様子

あなたの大切な人が、口から食べられなく
なった時、あなたはどうしますか?

普段あまり考えることのないことですが、
たまたまこのブログをご覧になったことを
きっかけに、ご家族で考えてみるのは
いかがでしょうか。

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